西東京市のフェルデンクライスレッスン|経絡指圧教室|気功教室

骨がよく動く骨格模型を持っているのですが、名前はセイラといいます。 日本語では「清良」と書きます。

清いということがずっと 気になっているから、相棒である模型に清いという名前をつけたのだなあと、今、書きながら思いました。。

 

テンジュの国の第3巻に、こんなところがありました。カン・シバという少年のお父さんもチベット医で、山で怪我していた青年を治療して、家の戻るところです。治療費を請求しないので、青年が問うたのです。その答えです。

 

その次のページに私はう~ん、打たれました。

青年が「あなたの家が大きいのは医者だからでしょう?」と 問うた時の、 その答えです。

 

「他人に使える財産が多少あるから医者になるんだよ」

 

戦後、貧しい日本からの脱却とばかりに、お金を稼ぐことが善、稼げる人は能力が高い、貧しい人は努力が足りない、など、など、人の評価の基準にお金が使われてきました。そういう意味で、ずっとお金と関係の深い時代だった気がするし、私も確かに染まっていた、縛られていた。

 

今日のフェルデンクライスのリアルレッスンで私はこんなことをちょうど言っていたのです。

「人間が持って生まれた本能としての動かし方を使えば疲れない。でも、日常生活の中で、力だけで急いで動くことをしているうちに 体全体を使って無駄なく楽に楽しく動くことを忘れてしまっています。無理な動きは体を痛めます。自分の感受性を高めて無理なこと無駄なことを気づき、手放すのがフェルデンクライスです。」

 

この、漫画の一コマに「清らかに生きること」は本来人間が持っている原始的な力なのだと気が付かされた。

心も同じなんだと、、、清らかに生きる方法が少し見えた。心の中も心を汚すいらないものは 捨てよう。これもレッスンがいるはずだと思います。習慣はなかなか変えられないですから。